不登校への早期支援 【きん】

日曜日(26日)、県の総合学校教育センターで開催された特別支援教育相談セミナーに参加してきた。

鳥取大学大学院医学系研究科の井上雅彦氏(専門は臨床心理学)が講師で、テーマは「発達障害のある不登校児童生徒への支援」というもの。

本日の東奥日報にも取り上げられていたが、「単に見守るだけではなく、個々に応じた早期の支援が必要であり、学校側の対応で子どもたちは変わる」ということが強調されていた。

鳥取の事例だそうだが、不登校1日目は電話で家庭に連絡、2日目で家庭訪問、3日目で支援チームを結成して対応した結果、一時期、新規の不登校児童生徒数がゼロになったらしい。

ただし、その後は再び元に戻ったそうで、井上氏の分析によれば、超人的な働きをしていた人たちによる部分が大きく、それを学校や教師間で対応に差がない、組織的なものにしていく必要があるのではないかとのことだった。

発達障がいの有無に関わらず、「早期に支援を行っていく」というのは最近の不登校対応の主流な考え方であると思うが、二つの点で気になることがある。

一つは、「学校(教師)がしっかりと責任を果たすべき」という論調に立っているという点。勿論、現場が努力を払うのは当然のこととはいえ、「忙しいは理由にならない。学校や教師がその責任を果たさないで一体誰が果たすのか。諦めてしまったらおしまい」という論調は、不登校がなくならないのは学校や教師の対応に原因があるからだという責任転嫁へとすり替わり、現場を疲弊させるだけの結果に陥りやすいのではないだろうか。

一生懸命に取り組んでいる現場の人たちからすれば、人員も予算も付けずに勝手なことをいうな、最近の親にだって問題があるじゃないかといった声が上がり、さらなる責任の擦り付け合いに繋がっていくということにもなりかねない。

事実、そういった原因探しの構図がこれまでずっと続いてきているのであって、その発想の延長上に解決策はないと私は認識している。

二つ目は、組織的なものにしていけば解決できるという論点。3日目で結成するという支援チームにしてもそうだが、いくら組織的な取り組みを行うといっても、結局その組織を担うのは人であり、経験こそが要となる。

しかし、どんなにいろいろな経験を積み重ねてきた人材がそのチームに揃っていようとも、一つのチームだけで全ての課題に対応できるはずだと考える人はいないだろう。

自分たちの受け皿からもらすまいとする努力は必要だが、それでも絶対にもれることはあるということを前提としながら、いかに他の受け皿を用意していくことができるか。

そのときに、決して学校や教師、教育行政だけがその受け皿を用意する主体(当事者)ではないはずだ。